大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

新潟地方裁判所 昭和41年(ワ)643号 判決 1970年9月07日

当事者の表示

別紙当事者目録のとおり

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、当事者が求める裁判

一、原告ら

(一)  被告会社が昭和四一年一〇月二二日開催の取締役会における新株発行決議に基づき現に手続中の記名式額面普通株式三八万株の発行はこれを差止める。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

二、被告

(本案前)

主文同旨。

(本案)

(一) 原告らの請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二、請求原因と被告の本案前の主張に対する答弁

一、被告は、昭和八年一二月三〇日に設立された株式会社であって、その発行する株式総数は四〇〇万株で一株の金額五〇円の額面株式、発行済株式総数は一〇〇万株であり、原告らは別紙持株一覧表のとおりの株式を有する被告の株主である。

二、被告は、昭和四一年一〇月二二日に開催した取締役会において、新株式三八万株(記名式額面普通株式、一株の額面金額五〇円)の発行を決議し、その全部を株主以外の第三者である取引先に割当てることとし、発行価額を一株につき二三一円、払込期日を昭和四一年一二月八日と定めた。

ところが、昭和四一年一二月五日、新潟地方裁判所より原告らの申請を認容した右の新株発行差止の仮処分決定が発せられた。そこで、被告は同月七日に開いた取締役会ですでに同月八日と定めていた払込期日を一旦延期したのであるが、右決定に対する異議事件で昭和四二年二月二三日に仮処分決定取消の判決の言渡しがあるや、その翌日の二四日に開いた取締役会で、さきに延期した払込期日を同年二月二八日と定めた。

なお、右仮処分異議事件は、昭和四二年九月二二日控訴取下(休止満了)によって終了した。

三、しかしながら、右新株発行には以下において述べるとおり商法第二八〇条ノ一〇に該当する事由がある。

(一)  被告の新株発行が定款に違反すること。

被告の定款第一五条第一項には「当会社定款第五条の株式総数中未発行の株式については、株主に新株引受権を与える。」と規定され、これによれば被告の株主は新たに発行される株式につき当然に新株引受権を有しているのに、被告が前記のようにその発行する新株の全部を第三者である取引先に割当てたことは、株主の新株引受権を全く無視した発行方法であってこれは明らかに商法第二八〇条ノ一〇の「定款ニ違反シ」に該当する株式の発行である。

(二)  被告の新株発行が著しく不公正であること。

新株発行は本来当該会社の資金調達を目的としてなされるものであるが、本件新株発行は被告の代表取締役小林政一をはじめその他の取締役ならびに株主小林恒夫・同宮川利幸らが被告会社に対する支配権を恒久的に確立し、原告らの会社支配についての比例的地位を侵害するために企図されたものであって、それゆえに被告の取締役会は、自己派の多数獲得という目的を実現するために株主以外の第三者である特定取引先(縁故者)のみに新株全部を割当てることを決議したのである。このように被告が不当な目的を遂げるためになした新株の発行は明らかに商法第二八〇条ノ一〇の「著シク不公正ナル方法」による株式の発行に該るものである。

(三)  株主が不利益を受ける虞があること。

原告らは現在前記持株一覧表記載のとおり被告の株式を有する株主であるから、今回の新株式発行によりその各持株数に応じて新株の割当をうける権利を有するのに、これを無視された結果被告に対する利益配当請求権その他の財産的利益の減少をきたすのはもちろん、各持株の時価が低落するという経済的損害を蒙り、また会社支配について有するいわゆる共益権を侵害される結果となるなどの著しい不利益をうけるおそれがある。

四、そこで、原告らは、商法第二八〇条ノ一〇により右新株発行の差止を求めるものであるが、被告が本件新株発行手続は払込期日に全部払込を完了したから、すでに訴でこれを差止める利益がないと主張するので次項以下その点に関する原告らの事実上・法律上の見解を述べる。

五、昭和四一年一〇月二二日に開催された被告会社の取締役会の新株発行決議に基づく払込は存在しない。

新株発行における払込という法律行為(または準法律行為)が成立(存在)するためには、手続上それに先行する新株式の申込行為と右申込に基づく株金の払込行為とが存在しなければならない。これを本件についてみるに、前記発行決議による新株の割当を受けたとされている訴外株式会社渡森商店ほか一〇名の株式申込行為および右申込に基づく株金の払込行為は存在しない。

(一)  申込行為について

株式申込人は株式申込証に法定事項を記載し、通常それに発行価額と同額の申込証拠金を添えて申込むことになっている。ところが、前記株式会社渡森商店ほか一〇名は、その各株式申込証には「証拠金を添えて申込をいたします。」と記載しながら、実際には何らの証拠金をも寄託せず、ただたんに株式申込証と題する書面を、被告会社より乞われるままに作成したにすぎないのである。しかも、右渡森商店のほか数名のごときは右申込証を、払込期日の昭和四一年一二月八日を遥かに過ぎた昭和四二年一月中に作成しているのである。このように、株式会社渡森商店ほか一〇名より通常予定されるべき株式申込行為はなされていない。

(二)  払込行為について

被告は、右各株式申込人より昭和四二年二月二八日株金の払込がなされた、と主張するがかかる事実はない。すなわち、前記一一名の各株式申込人が作成した株式申込書によれば、「申込証拠金は払込期日に払込金に振替え充当する。」と記載されている。この文言に従うかぎり、株金は、その金額に相当する申込証拠金を払込期日において払込金に振替えるという方法によって払込まれるものであり、またその方法によって払込まなければならない。しかるに、前記各株式申込人がその各申込証拠金を添えて株式の申込をしていないことはすでに述べたとおりである。したがって、株金が振替の方法によって払込まれたという事実はありえないことである。また、昭和四二年二月二八日までの間に前記各株式申込人が、自己の負担において、各割当株式の株金全額を、現実に、払込銀行とされている株式会社北越銀行新潟支店に払込んだことはない。

以上のように本件新株式の株金の払込行為は存在しない。

六、被告は昭和四一年一二月七日取締役会において、すでに同月八日と定められていた払込期日を延期し、昭和四二年二月二四日払込期日を同月二八日と定めた。

このように取締役会でいったん定めた払込期日を株式の申込がなされた後に変更することができるかどうかは問題である。できないと解する説と申込をした者の同意があるときにはできると解する説とがある。この点に関し、原告ら代理人は前説にしたがったし、被告代理人は後説を支持した。

そこで、前説にしたがって株式の申込がなされた後に払込期日を変更することはできないとすると、商法第二八〇条ノ九第二項によって本件新株の引受をした者は失権するのではあるまいか、という疑問がでてくる。しかし、同条同項は、もっぱら引受人側の事情で払込のなかった場合に、簡易迅速な画一的処理を、会社のために、定めているものであって、払込のなかったことが主として会社側の事情に基づく場合には適用されず、またこのような場合には払込期日の変更もできるものと考える。

これを本件についてみると、昭和四一年一二月五日本件新株発行手続をかりに差止める旨の仮処分決定があったということは、払込のなかったことが主として会社側の事情に基づく場合の一事例ということができるから、同条同項の適用はなく、新株の各引受人は失権しないものと思われる。

さて、被告が従前の期日を変更してあらたに定めた払込期日である昭和四二年二月二八日までに本件新株の払込行為はあったであろうか。本件各株式引受人による払込行為はまったくなく、実際には被告もしくは被告の代表取締役小林政一が株金の払込をなしたものであることについては、すでに詳しく述べた。

そこで、原告らの主張のように各株式引受人による払込行為がないものとすれば、払込期日の徒過により、これまた、右引受人は失権するのではないか、というつよい疑いがでてこよう。しかしながら、この場合も右に述べたと同様に、あきらかに、払込のなかったことが主として会会側の事情に基づく場合にあたるものと思われる。けだし、前記各株式引受人が真実払込の意志を有しないのに、彼らに対し、株式引受人名義の貸与をつよく要請し、他人名義による自己株式引受という仮装行為を周到に計画し、実行し、その結果各引受人をして真実払込行為をなさしめない状態に立ち至らせたのは、あくまでも被告であり各株式引受人は、右不法な要請に協力することを余儀なくされた、いわば追従者にすぎないからである。このような場合、会社は各株式引受人に対し、定められた払込期日に真実彼らの払込行為がなかったことを理由に失権処理手続をなすことは無論できない筋合のものであり、結局同法第二八〇条ノ九第二項の適用はないものと考えられる。

以上において述べたように、各株式引受人はいまだ失権することなく、また、株式の払込も終了していないから被告の本件新株発行手続は現在もなお存続しているのである。

第三、被告の答弁

一、請求原因第一、二項の事実は認める。

その余の事実は争う。

二、被告は、本件新株発行の手続を次のとおり実施してこれを完了させた。

(一)  被告は、店内施設拡充のための資金を調達する目的で、昭和四一年一〇月二二日開催の取締役会において、本件新株発行の決議を行なった。その際決議された新株の割当先および割当数は、別紙割当・払込一覧表記載のとおりである。

割当を受けた一一名は、昭和四一年一二月一日にいずれも右の割当株式数の申込みをなし、被告はいずれも同日割当をなくしたことにより、各申込人等は直ちに右各株式の引受人となった。

(二)  昭和四一年一二月五日、原告らの申請により本件新株発行差止の仮処分決定がなされ、被告は同日その送達をうけたので、同月七日取締役会を開き翌日の八日に定めてあった払込期日を延期する決議をすると共に、株式引受人全員の承諾を得た。

右仮処分決定に対し、被告が同月八日異議申立をしたところ、新潟地方裁判所から昭和四二年二月二三日仮処分決定を取消す旨の仮執行宣言付の判決があり、同日当事者双方に送達された。

(三)  そこで、被告は翌二四日取締役会を開催し、さきに延期した払込期日を同年同月二八日とする旨決議するとともに、各引受人に通知して、同日全引受人よりその承諾をえた。

通知を受けた各引受人は別紙割当・払込一覧表のとおり払込をしたので、払込期日までに発行価額全部につき払込が完了した。そこで、取扱銀行である株式会社北越銀行新潟支店は同年二月二八日保管証明を発行し、被告はこれを添えて本件新株発行の変更登記手続をなした。

なお、右新株発行は同年三月一日効力を生じたのであるが、登記手続は同月九日にとられ、変更登記完了後である同月一七日右保管金は被告の当座預金に振替えられた。

(四)  右のとおりの経緯で新株発行の効力が生じた以上、原告らの主張する新株発行差止請求権に基づく本訴請求は訴の利益を欠くから却下されるべきであり、また適法としても原告らの請求は理由がない。

第四、証拠関係〔以下省略〕

理由

一、請求原因一・二項の事実と、被告が昭和四一年一二月七日の取締役会において、さきに同月八日と定めていた本件新株の払込期日を延期し、次いで同四二年二月二四日の取締役会で延期中の払込期日を同年同月二八日と定めた事実はいずれも当事者間に争がなく、成立に争のない乙第一号証、その方式・記載内容に徴して真正に成立したと認める同第三・四号証の一ないし一一、同第五号証および弁論の全趣旨を総合すると、別紙割当・払込一覧表記載のとおり、北越銀行新潟支店に、引受人らの名義でそれぞれの引受株数に応じた発行価額全額の払込がなされ、かくして同月二八日の払込期日を経過したこと、被告において同年三月九日本件新株発行による発行済株式総数の変更登記手続を了した事実が認められる。

二、ところで、本訴は商法第二八〇条ノ一〇に基づく新株発行前の差止請求であるから、前項に述べたように払込期日の経過によって新株発行の効力が生じてしまった以上、もはやこれが差止の余地はなく訴の利益を欠くに至ったというべきである。

原告らは、各引受人の払込が終了してなく、かつ引受人らにおいて商法第二八〇条ノ九第二項による失権もしていないから、本件新株発行手続は現在なお存続しており、その差止の余地はあるという。

しかし、前項に述べたように各引受人の払込(本件新株発行と別異のものではない)の事実は外観上存在するのである。原告らの主張も払込の不存在といいつつも、右に述べたような事実の存在することは、これを肯定しているのである。したがって、かかる新株発行についてはその効力を争うのは格別、そうでなく払込が終了していないというのは、法律上の効果の有無と事実の存否を混同した見解というべきであって当を得ない。

また、商法第二八〇条ノ九第二項の適用について、原告らの解釈(払込がなかったことが主として会社側の事情に基づく場合には、同項の適用がなく引受人は失権しない)をとり得るとしても、原告らが主張する事実関係では、払込のなかたっことが主として会社側の事情に基づく場合に該らないから、右の解釈を適用する余地もまたないといわねばならない。けだし、原告らの主張する事実によっても、本件の各引受人が他人名義による自己株式引受という仮装行為を実行するにつき通謀加担した一方の当事者であり、それが追従を余儀なくされる立場にあったか否かにかかわりなく、前述の解釈に従って保護すべき引受人に該当しないからである。

三、以上の次第で、本件新株発行は払込期日の変更の能否、払込期日変更に関する事項の公告の要否、払込の適否を含めてその無効を主張する余地があるいはあるとしても、外観上引受人の払込が行われ払込期日を経過した以上差止の余地はなく、本件訴は訴の利益を欠くに至って不適法というべきである。

そこで、本件訴を却下し、訴訟費用は敗訴の原告らに連帯負担させることとして、主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例